◇ 立脇洋介、田村毅(2011)「電子メール相談によるひきこもり支援」『東京学芸大学紀要、総合教育科学系』62(2), 263-267.
「東京都ひきこもりサポートネット」では、電子メールによるひきこもり相談を受け付けています。この論文では、過去の相談のうち、2004年11月1日から2009年3月31日までのものを集計し、分析を行っています。メール相談ならではの特徴が浮かび上がっています。
メールによるひきこもり相談は、珍しい試みではないかと思います。その有効性次第では、他の自治体なども取り入れるかもしれません。この論文は、メール相談の今後の可能性を考える上で興味深いです。
↓ この論文は、ネットで無料で読むことができます。以下は、国立情報学研究所が提供するサービス CiNii へのリンクです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110008452425
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◇ 浅田(梶原) 彩子(2010)「ひきこもり当事者の『居場所』支援に関する分析 -家族・当事者・支援者の視点から‐」『人間文化研究科年報』25, 193-203.
ひきこもりの人などを対象とした支援施設には様々なものがありますが、ここはサロンというかたちをとっています。私もいくつかの施設を見てきましたが、共感したり、考えさせられたりするところがありました。他の施設がいったいどういうことをしているのか、なかなか知る機会はありませんので。
↓ この論文は、ネットで無料で読むことができます。以下は、国立情報学研究所が提供するサービス CiNii へのリンクです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/120002221000
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「東京都ひきこもりサポートネット」では、電子メールによるひきこもり相談を受け付けています。この論文では、過去の相談のうち、2004年11月1日から2009年3月31日までのものを集計し、分析を行っています。メール相談ならではの特徴が浮かび上がっています。
メールによるひきこもり相談は、珍しい試みではないかと思います。その有効性次第では、他の自治体なども取り入れるかもしれません。この論文は、メール相談の今後の可能性を考える上で興味深いです。
↓ この論文は、ネットで無料で読むことができます。以下は、国立情報学研究所が提供するサービス CiNii へのリンクです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110008452425
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◇ 浅田(梶原) 彩子(2010)「ひきこもり当事者の『居場所』支援に関する分析 -家族・当事者・支援者の視点から‐」『人間文化研究科年報』25, 193-203.
ひきこもりの人などを対象とした支援施設には様々なものがありますが、ここはサロンというかたちをとっています。私もいくつかの施設を見てきましたが、共感したり、考えさせられたりするところがありました。他の施設がいったいどういうことをしているのか、なかなか知る機会はありませんので。
↓ この論文は、ネットで無料で読むことができます。以下は、国立情報学研究所が提供するサービス CiNii へのリンクです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/120002221000
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ニートひきこもりJournal本館で公開しようと思ったのですが、ボツにした記事です。ですが、いちおう別館で公開してみます。
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ひきこもりやニートの人が社会参加をする。この意味での「社会参加」を市場への参加という点で見れば、社会参加とは多くの場合、市場、特に財・サービス市場で供給側に参加するということではないかと思います(イコールではありませんが)。
市場は、何らかの売買が行われる場を指す抽象的な概念です。マクロ経済学では、市場を「財・サービス市場(生産物市場)」「労働市場」「金融市場(貨幣市場、債権市場)」の3つに分類します。※ このうち、金融市場は今回のお話には登場しません。
ひきこもり、ニートの人が社会参加を目指す場合、多くの場合、まずは仕事に応募することから始まります。これは、労働市場で供給側に参加することでもあります。
企業に採用されるなり何なりすると、今度は、財・サービス市場に供給者として参加することになります。これが簡単なことではないのが問題です。対して、需要側になることは誰にでもできます。たとえ子供であっても、何らかのものを需要しているはずです(子供の場合、自分のお金で需要しているわけではありませんが)。このように、財・サービス市場で買い手として参加するだけではなく、売り手の側にも参加しないと、社会参加しているとは普通みなされません。
財・サービス市場で供給側として参加するという言い方は、なんだか味気ないようにも思えます。それなりの年齢の大人なのに社会参加していないというと深刻な問題にも思えますが、供給者として市場に参加していないというと大した問題でもないようにも思えます。それは、社会に参加するということは、単に供給者になるというだけでなく、仕事を通じて社会人として成長するとか、それ以外の意味をも私たちは見出すからでしょう。ですが、社会参加を市場への参加という点で見ると、だいたいこのような話になるのではないかと思います。
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ひきこもりやニートの人が社会参加をする。この意味での「社会参加」を市場への参加という点で見れば、社会参加とは多くの場合、市場、特に財・サービス市場で供給側に参加するということではないかと思います(イコールではありませんが)。
市場は、何らかの売買が行われる場を指す抽象的な概念です。マクロ経済学では、市場を「財・サービス市場(生産物市場)」「労働市場」「金融市場(貨幣市場、債権市場)」の3つに分類します。※ このうち、金融市場は今回のお話には登場しません。
ひきこもり、ニートの人が社会参加を目指す場合、多くの場合、まずは仕事に応募することから始まります。これは、労働市場で供給側に参加することでもあります。
企業に採用されるなり何なりすると、今度は、財・サービス市場に供給者として参加することになります。これが簡単なことではないのが問題です。対して、需要側になることは誰にでもできます。たとえ子供であっても、何らかのものを需要しているはずです(子供の場合、自分のお金で需要しているわけではありませんが)。このように、財・サービス市場で買い手として参加するだけではなく、売り手の側にも参加しないと、社会参加しているとは普通みなされません。
財・サービス市場で供給側として参加するという言い方は、なんだか味気ないようにも思えます。それなりの年齢の大人なのに社会参加していないというと深刻な問題にも思えますが、供給者として市場に参加していないというと大した問題でもないようにも思えます。それは、社会に参加するということは、単に供給者になるというだけでなく、仕事を通じて社会人として成長するとか、それ以外の意味をも私たちは見出すからでしょう。ですが、社会参加を市場への参加という点で見ると、だいたいこのような話になるのではないかと思います。
私がこれまで通ってきたひきこもりやニートの人を対象とした支援施設の職員は、3〜4月に入れ替わることが多いです(施設にもよるのですが)。私たちからすれば、年度の変わり目は、職員との別れと出会いの時期でもあるわけです。
「富重さんは、職員が頻繁に替わる方がよいですか。それとも、あまり替わらない方がよいですか」
このようなことを、聞かれることがあります。
私の答えはその中間です。ただ、どちらかと言えば、あまり替わらない方がよいと考えます。
なぜならば、脱ひきこもりは、長期戦だからです。せっかくひきこもり者が家を出て施設に通所できるようになっても、社会参加には年単位の時間がかかることもあります。そうした中、施設で支援にあたる職員が頻繁に変わっては、困ります。
ただ、あまり職員が変わらず、職員との関係が固定化するのも、様々な弊害が出るのではないかと思います。時には、新しい職員に代わった方が良いのではないでしょうか。この場合、お話したとおり、ひきこもり支援は長期にわたる傾向がありますから、業務の引継ぎは重要そうです。
最後に、施設に通うひきこもり者にとって、施設職員は単に支援者というだけではありません。職員と接することは、家族以外の人、特に社会人と対人関係を構築する貴重な機会の一つでもあります。特定の職員と長期にわたる関係を維持することは大事ですが、時には新しい職員と出会い、様々な人がいることを体験して知ることもまた大事だろうと思います。
「富重さんは、職員が頻繁に替わる方がよいですか。それとも、あまり替わらない方がよいですか」
このようなことを、聞かれることがあります。
私の答えはその中間です。ただ、どちらかと言えば、あまり替わらない方がよいと考えます。
なぜならば、脱ひきこもりは、長期戦だからです。せっかくひきこもり者が家を出て施設に通所できるようになっても、社会参加には年単位の時間がかかることもあります。そうした中、施設で支援にあたる職員が頻繁に変わっては、困ります。
ただ、あまり職員が変わらず、職員との関係が固定化するのも、様々な弊害が出るのではないかと思います。時には、新しい職員に代わった方が良いのではないでしょうか。この場合、お話したとおり、ひきこもり支援は長期にわたる傾向がありますから、業務の引継ぎは重要そうです。
最後に、施設に通うひきこもり者にとって、施設職員は単に支援者というだけではありません。職員と接することは、家族以外の人、特に社会人と対人関係を構築する貴重な機会の一つでもあります。特定の職員と長期にわたる関係を維持することは大事ですが、時には新しい職員と出会い、様々な人がいることを体験して知ることもまた大事だろうと思います。
